退職を言い出せないまま、僕は毎晩「まぁ明日もあるしいいか」と唱えていた
「今日こそ、言おう」
朝の電車の中で、何度そう唱えたか分からない。
ドアの上の路線図を見つめながら、頭の中で台詞の練習をする。
「お話があります。少しお時間いいですか」。
たった一言だ。
たった一言なのに、その一言が、どうしても喉から出てこない。
スマホのメモ帳には、「お話があります」とだけ打って、送り先のない下書きが溜まっていった。
これは、退職を言い出せないまま長い時間を過ごした、僕の話だ。
いま、同じ場所で立ち止まっているあなたに、読んでほしくて書いた。
「まぁ明日もあるしいいか」——僕の毎晩の呪文
言えなかった日の帰り道には、決まった儀式があった。
駅までの道を歩きながら、まず「このままでいいんだろうか」と考える。
改札を抜けて、ホームで電車を待つあいだ、その問いは少しずつ重くなっていく。
そして家に着いて、部屋の電気をつける頃には、もうひとつの言葉がやってくる。
「まぁ、明日もあるしいいか」
この往復を、僕は毎日やっていた。
「このままでいいんだろうか」と「まぁ明日もあるしいいか」。
振り子みたいに、その2つのあいだを行ったり来たりする。
振り子は毎日揺れるのに、僕自身は、一歩も動いていなかった。
たぶん、あなたにも覚えがあると思う。
言えなかった夜は、自分を責める。
でも次の朝になると、またやり過ごせてしまう。
会社は、言い出せないまま通い続けられてしまう場所なのだ。
それが一番、怖いところだと思う。
言えなかった理由は、3つあった
あとから振り返ると、僕が言い出せなかった理由は3つあった。
ひとつめは、申し訳なさ。
お世話になった人たちの顔が浮かぶ。
仕事を教えてくれた先輩。
気にかけてくれた上司。
自分が抜けたら、この人たちに迷惑がかかる。
そう思うと、退職の「た」の字も口に出せなかった。
ふたつめは、将来への不安。
辞めて、それでどうするのか。
次の場所でやっていけるのか。
収入は。
生活は。
考えはじめると、答えの出ない問いが数珠つなぎに出てきて、結局「今のままのほうが安全だ」という結論に着地してしまう。
みっつめは、面倒さ。
これは意外に思われるかもしれない。
でも、正直に書く。
退職には、手続きがたくさんある。
引き継ぎ、書類、保険や年金の切り替え。
そういう「辞めたあとのあれこれ」を想像するだけで、うんざりして、考えること自体をやめてしまう日が何日もあった。
申し訳なさ、不安、面倒さ。
この3つが混ざり合うと、人は動けなくなる。
どれかひとつなら乗り越えられたかもしれない。
でも3つが同時に来ると、「考えない」が一番楽な逃げ場になってしまうのだ。
言えない自分を、いちばん責めていたのは自分だった
言い出せない日々で、なにがいちばんつらかったか。
上司でも、仕事そのものでもない。
「また言えなかった」と自分を責める時間だった。
周りを見れば、みんな普通に働いている。
文句を言いながらも、ちゃんと続けている。
それなのに自分は、辞めることすら言い出せない。
続けることも、辞めることもできない。
どっちつかずの自分が、いちばん情けなかった。
誰かに相談すればよかったのかもしれない。
でも、できなかった。
「辞めたい」と口にした瞬間、それが本当になってしまう気がした。
それに、心配をかけたくなかった。
だから僕は、外では今まで通りの顔をして、夜だけ、あの振り子に揺られていた。
もしあなたが、同じように誰にも言えずにいるなら、これだけは覚えておいてほしい。
言い出せないのは、あなたが弱いからではない。
真面目で、周りのことを考えすぎるくらい考えられる人ほど、この振り子にはまる。
心より先に、体が限界を教えてくれた
そうやって先延ばしを続けた僕が、最初に立ち止まったきっかけは、自分の意志ではなかった。
体のほうが、先に音を上げた。
僕は一度、会社を休職している。
詳しい経緯をぜんぶ書くことはしないけれど、いま思えばサインはずっと出ていた。
眠りが浅くなる。
休日に何もする気が起きない。
日曜の夜が、週の中で一番苦しい時間になる。
それでも僕は「まだ大丈夫」だと思っていた。
言い出せない人は、我慢が得意な人だ。
我慢が得意だから、限界のサインまで我慢で塗りつぶしてしまう。
もしあなたが、眠れなくなっていたり、食欲が落ちていたり、涙もろくなっていたりするなら——それは「気合が足りない」のではない。
体が、あなたの代わりに声を上げてくれているのだと思う。
転機は、「新しい何かが始まる直前」にやってきた
復職して、また同じ日々が続いた。
変わったのは、あるとき社内で「新しいプロジェクトが始まるかもしれない」という話が聞こえてきたときだった。
普通なら、前向きなニュースだ。
でも僕の頭に最初に浮かんだのは、こうだった。
「ここで退職しないと、ズルズル引きずる」
新しい仕事が始まってしまえば、また「区切りがつくまで」と自分に言い訳する。
その区切りが来る頃には、次の何かが始まっている。
そうやって、1年、2年と延びていく未来が、はっきり見えてしまった。
不思議なもので、あれだけ動けなかった僕を動かしたのは、勇気でも決意でもなく、「このタイミングを逃したら終わる」という、ほとんど危機感に近い感覚だった。
もしあなたの会社でも、新しい期、新しい配属、新しいプロジェクトが始まろうとしているなら。
それは「言い出しにくくなるサイン」であると同時に、「いま言えば一番傷が浅いサイン」でもあると思う。
言えた日のことは、あまり覚えていない
正直に書くと、実際に切り出した瞬間のことは、細かくは覚えていない。
覚えているのは、あんなに何ヶ月も練習した台詞が、口に出してしまえば数秒で終わったことだ。
あの数秒を言うために、僕は何百回「まぁ明日もあるしいいか」と唱えたんだろう。
言えなかった時間の長さと、言うのにかかる時間の短さ。
その落差が、この問題の正体なんだと思う。
辞めたあとの世界は、思っていたより静かだった
あれだけ恐れていた「辞めたあと」について、少しだけ書いておきたい。
引き継ぎや書類、保険の切り替え。
面倒だと思っていた手続きは、たしかに面倒だった。
でも、ひとつ大事なことが分かった。
手続きには、終わりがある。
あの振り子には、終わりがなかったのに。
「自分が抜けたら迷惑がかかる」と悩んだ日々についても、いまなら言えることがある。
会社というのは、誰かが抜けても回るようにできている。
あれだけ悩んだ僕の穴も、きっと例外ではなかったと思う。
それは寂しいことじゃなくて、救いだ。
あなたが背負っていると思っているものの何割かは、実は、会社の仕組みが背負うべきものなのだから。
僕はその後、会社員には戻らず、独立して働いている。
その選択が誰にでも正解だとは思わない。
ただ、「このままでいいんだろうか」と毎晩問い続ける生活が終わったことだけは、間違いなく正解だった。
いま、言い出せずにいるあなたへ
僕は最終的に、自分の口で伝えることができた。
でも、それは「僕が強かったから」ではない。
タイミングという追い風が、たまたま吹いてくれただけだ。
だから、いま言い出せずにいるあなたに、「頑張って自分で言おう」とだけ言うつもりはない。
上司が高圧的で、切り出した瞬間の反応を想像するだけで体がこわばる。
引き止めに負けたことがある。
そういう状況なら、あなたの代わりに退職の意思を伝えてくれる、退職代行という手段を知っておいてほしい。
使うかどうかは、あとで決めればいい。
「最後の一歩には逃げ道がある」と知っているだけで、振り子の揺れは、少しだけ小さくなるから。
「明日もあるしいいか」の明日は、今日かもしれない
「まぁ明日もあるしいいか」
あの頃の僕は、その言葉を、先延ばしの呪文として使っていた。
でも、いまなら少しだけ違う意味に読める。
明日もある。
つまり、やり直せる日は、まだ残っている。
言えなかった今日のあなたを、責めないでほしい。
僕は何百日ぶんの「今日」を積み重ねて、それでも、ちゃんと辞められた。
だから、大丈夫。
あなたの「明日」が、言える日になりますように。
――退職を言い出せなかった、僕の話でした。
※この物語は、実体験をもとに、一部に脚色を加えています。