日曜の夜が憂鬱で眠れない。僕の休日は、いつからか「回復」で終わっていた
日曜日の夕方が、いちばん嫌いだった。
時計の針が18時を回るころ、部屋の空気が少しずつ重くなっていく。
テレビの音も、スマホの画面も、なにも頭に入ってこない。
「ああ、明日から、また始まる」
気づけば22時。
眠らなきゃ、と思えば思うほど、頭は月曜の予定を勝手に並べはじめる。
あの会議。
あの報告。
あの人の顔。
これは、日曜の夜が憂鬱で眠れなかったころの、僕の話だ。
いま、同じ夜の中にいるあなたに向けて書いた。
僕の休日は、「回復」で終わっていた
当時の僕の休日の過ごし方を、正直に書く。
なにもしていなかった。
正確に言うと、「できる限りの休息」をしていた。
友達と遊びに行くとか、趣味に打ち込むとか、そういう休日ではない。
月曜日から始まる1週間を乗り切るために、体力を回復させる。
それだけのための時間だった。
土曜の午前は、平日の疲れで潰れる。
目が覚めたら昼、ということもめずらしくなかった。
午後になってようやく体が動きはじめて、でも、どこかへ出かける気力までは戻らない。
スマホを眺めて、うたた寝して、気づいたら夜になっている。
そして日曜日。
午前中は「まだ丸一日ある」と思える。
それが午後になり、夕方が近づくにつれて、せっかく充電した体力が、今度は不安に吸い取られていく。
回復して、消耗して、また回復して。
あのころの僕の1週間は、その繰り返しでできていた。
「何のために休んでいるんだろう」と思った夜
ある日曜の夜、ふと気づいてしまった。
僕の休日は、僕のための時間じゃない。
会社のための時間だ。
月曜からまた働けるように、体力を戻しておく。
それはつまり、休日までもが「仕事の一部」になっているということだった。
休むために生きているのか、生きるために休んでいるのか、分からなくなる。
あなたはどうだろう。
最近の休日、「楽しかった」で終わった日は、いつだったか思い出せるだろうか。
もし思い出せないなら、あなたの休日も、「回復」に変わりはじめているのかもしれない。
いちばん怖いのは、この生活に「慣れて」いたことだった
いま振り返って、いちばんぞっとするのは、当時の僕がこの生活を「そういうものだ」と思っていたことだ。
社会人なんだから、日曜の夜が重いのは当たり前。
休日に体力を戻すのは当たり前。
みんなそうやって働いている。
そう思い込むことで、僕は自分の消耗を、見なかったことにしていた。
苦しさは、続くと日常になる。
日常になると、疑わなくなる。
だからもし、この記事を読んで「自分も同じだ」と少しでも思ったなら、その感覚を大事にしてほしい。
「同じだ」と気づけるうちは、まだ疑う力が残っているということだから。
「日曜の夜が憂鬱」は、体からのメッセージだった
誤解のないように書いておくと、日曜の夜が少し憂鬱なこと自体は、たぶん誰にでもある。
連休明けが楽しみな人のほうが、めずらしいと思う。
でも、あのころの僕のそれは、「少し」ではなかった。
眠ろうとしても、頭が月曜のことを考えるのをやめてくれない。
眠りが浅くなって、月曜の朝は体が重い。
そんな週が、何週も続いていた。
あとになって分かったことがある。
僕はその後、体調を崩して休職することになるのだけれど、いま振り返れば、日曜の夜の憂鬱は、そのずっと手前で体が出してくれていた、最初のサインだった。
「まだ大丈夫」と「もう危ない」の境目は、渦中にいると本当に見えない。
だから、目安をひとつだけ置いておきたい。
憂鬱が「気分」のうちはまだいい。
眠れない、食べられない、涙が出る——体に出はじめたら、それは気分の問題ではなくなっている。
日曜の夜から抜け出せたのは、環境を変えたからだった
僕の日曜の夜は、気合いでは治らなかった。
好きなことをして気分転換しよう、と試みた週もあった。
おいしいものを食べる。
遠くまで散歩する。
でも、根っこにある「明日からまた会社だ」が変わらない限り、なにをしても夕方には同じ場所に戻ってきてしまう。
結局、僕の場合は、会社を辞めて働き方そのものを変えたことで、あの夜から抜け出した。
いまも日曜の夜はやってくる。
でも、あの重さはもうない。
月曜が「始まってしまう日」ではなくなったからだ。
もちろん、「辞める」だけが答えだとは思わない。
部署が変わって楽になる人も、職場を変えて見違える人もいる。
ただ、これだけは言える。
日曜の夜の憂鬱は、あなたの性格の問題ではなくて、いまの環境との相性の問題だ。
環境が変われば、消える種類の苦しさなのだ。
今夜、眠れずにいるあなたへ
この記事を日曜の夜に読んでいるあなたに、大きなことを言うつもりはない。
今夜できることは、たぶん、そんなに多くないから。
ただ、もし「この憂鬱、いつまで続くんだろう」と思いはじめているなら。
一度だけ、いまの状況を紙に書き出して、続けるべきか動くべきかの判断基準と並べて、落ち着いて眺めてみてほしい。
そして、「環境を変えれば消えるのかもしれない」と思えたなら。
いますぐ動かなくていいから、どんな選択肢があるのかだけ、先に知っておいてほしい。
知っているのと知らないのとでは、日曜の夜の重さが違うから。
あなたの日曜が、ただの夜に戻りますように
日曜の夜は、本当は、なんでもない夜のはずだ。
好きなものを食べて、好きな動画を見て、いつの間にか眠くなる。
ただそれだけの夜に、戻っていい。
僕はいま、そっち側からこれを書いている。
ずいぶん遠回りをしたけれど、戻ってこられた。
だから、あなたも戻ってこられる。
あなたの日曜が、ただの夜に戻りますように。
――日曜の夜が憂鬱だった、僕の話でした。
※この物語は、実体験をもとに、一部に脚色を加えています。